中学受験 歴史 江戸時代 【中期】の重点ポイントまとめ

中学受験 歴史 江戸時代中期

鎖国によって日本独自の文化、産業が発達したのが「江戸時代【中期】」でもあります。

徳川家康による強固な統治、3代将軍徳川家光が整備した参勤交代などの政策により、圧倒的な武力を背景に諸大名たちを押さえ、その基礎を確立していったのが江戸時代【前期】なのに対し、

江戸時代【中期】にさしかかると、武力ではなく学問を中心とした政治によって財政も安定し、産業や文化が著しく発達していきます。

中学受験生にとって覚えにくい江戸時代ですが、なかでも江戸時代【中期】は学問や文化、産業や財政政策などといった覚えるのが難しい言葉が多く見受けられ、もっとも難易度が高い単元であるといっても過言ではありません。

そこで中学受験生が学習しやすいように、江戸時代を前期(約1600~1650年)、中期(約1650~1750年)、後期(約1750~1867年)の3つの区分に分けたときの「江戸時代【中期】」について、中学受験生が押さえておくべき重点ポイントを詳しくまとめていきたいと思います。

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一つ前の単元である「江戸時代【前期】」についておさらいしたい人はこちらの記事を参考にしてください。

江戸時代【中期】の重点ポイントをまとめると…

江戸時代【中期】のポイント

  • 江戸時代の政治
  • 江戸時代の身分と産業
  • 江戸時代の文化・文学
目次

江戸時代【中期】の政治

江戸時代の政治と享保の改革

江戸時代【中期】の時代区分

それでは、この記事でまとめている江戸時代【中期】がいつからいつまでのことを指すのかを示しておきます。

前回の江戸時代【前期】では、徳川家康による江戸幕府開始から3代将軍徳川家光までの武力によって幕府の基礎が固められた武断政治についてまとめていました。

江戸時代【中期】では、そのように幕府の力が盤石となった後に幕府が積極的に学問を奨励するようになった文治政治(ぶんちせいじ)が中心であり、4代将軍の徳川家綱(いえつな)から8代将軍の徳川吉宗(よしむね)までの時代のことをいいます。

年代にすると、1650年頃から1750年頃を江戸時代【中期】と定義しています。

なお、文治政治は主に4代将軍の徳川家綱から7代将軍の徳川家継(いえつぐ)の治世に行われた政治であり、身分制をしこうとする幕府にとって都合がよい朱子学(しゅしがく)が重宝されました。

この流れは幕府だけでなく各地の藩(はん)にも普及し、儒学を政治に取り入れるところが出てきます。代表的なのは、水戸(茨城県)の徳川光圀(とくがわみつくに)や岡山の池田光政(いけだみつまさ)、加賀(石川県)の前田綱紀(まえだつなのり)などの大名がいます。

5代将軍徳川綱吉の政治

学問が広がった文治政治のなかでもとくに政治が安定し、日本の産業や文化が発達したのが5代将軍徳川綱吉(とくがわつなよし)による治世の元禄時代(げんろくじだい)です。

徳川綱吉自身も学問を好み、幕府の公式の学問として朱子学を制定、さらには江戸の湯島に孔子(こうし)をまつった聖堂(せいどう)を開設し、学問所としました。

ちなみに朱子学とは身分の違いを絶対的なものとして忠義や孝行を説いていることから、封建制度を維持させようとしていた江戸幕府にとっては都合のよい学問だったのです。

そのように学問を奨励して政治を安定させた一方で、徳川綱吉は相次いで寺院を建てたり、ぜいたくな生活をしたりして幕府の財政状況を悪くもしました。

そして、質の悪い貨幣をたくさん鋳造して市場にあふれさせたために貨幣価値が下がって物価が上がり、民衆の暮らしを圧迫させてしまったことも覚えておきましょう。

また、徳川綱吉と聞いてもっとも有名なのが生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)です。これはいわゆる、犬を大切にさせた動物愛護の法令であり、綱吉は民衆から「犬公方(いぬくぼう)」とよばれて恨まれていました。中学受験でも頻出なので綱吉とセットで必ず覚えておきましょう。

新井白石の政治

18世紀はじめ、6代将軍徳川家宣(いえのぶ)、7代将軍徳川家継に仕え、儒学にもとづく政治改革を行ったのが新井白石(あらいはくせき)です。朱子学の学者でした。

新井白石が行った政治改革は正徳の治(しょうとくのち)とよばれ、財政を安定させるために朱子学を主体とした文治政治をとりおこないました。

まず、1709年に綱吉が制定した生類憐みの令を廃止して幕府の信頼を取り戻し、貨幣の質を改善することで物価を安定させ、民衆の生活の安定化に努めました。まさしく、綱吉政治のときに悪化した政治を改革し、民衆からの信頼を取り戻すことに尽力しました。

また、1715年には、金や銀が海外にどんどん流出してしまっている現状を問題視し、長崎での貿易額を制限することでその流出を防ぎました。この貿易制限は1830年頃まで続けられたことからも新井白石が将来を見通せる有能な学者であったことがわかります。

8代将軍徳川吉宗の政治

7代将軍徳川家継のころには鎖国によって貿易の収入が減っただけでなく、日本の主要な輸出品であった金銀の産出が減ったことも重なって幕府の財政はしだいに苦しくなっていきました。

また、幕府だけでなく各地の藩たちも参勤交代の費用負担や土木工事が増えたことなどによって財政状況が悪化していきます。

そして、その状況をなんとかしようと武士の棒禄(ぼうろく,今でいう給料)を減らし、一方で農民たちからの年貢は増やしたことで、ますます民衆の生活は苦しくなっていきました。

1716年、徳川吉宗(とくがわよしむね)が8代将軍になると、幕府の財政を立て直すために徳川家康の行った政治を理想として政治改革に乗り出しました。これが享保の改革(きょうほうのかいかく)です。

享保の改革では、倹約令(けんやくれい)を出して質素・倹約な生活を送って武芸にはげむことを大名や武士たちにすすめ、キリスト教に関係のない海外の書物の輸入も認めたことで、読み・書き・そろばんなどの日常生活に役立つ実学がさかんになりました。

また、武士よりもさらに下級身分となる農民や町民たちの不満をなくすために、公事方御定書(くじかたおさだめがき)という裁判の基準となるルールを定め、裁判が公平になるように法を整備します。それだけでなく、目安箱(めやすばこ)という意見を直接将軍に伝えることができる投書箱を置いて、政治に対する民衆の不満を聞けるようにもしました。

中学受験でも重要なのが上米の制(あげまいのせい)で、大名たちが参勤交代で江戸に滞在しなければならない期間を半年に短縮した見返りとして、大名から石高1万石につき100石のお米を献上させます。

さらに、農民に新しい田んぼの開発をすすめ、幕府が率先して農地を開拓したこともあって、後に徳川吉宗は「米将軍」ともよばれるようになります。

これら一連の改革によって幕府の財政は一時は立て直されましたが、そう長くは続きませんでした。

江戸時代の産業

江戸時代の身分と農業

江戸時代の身分

江戸時代の産業を知るうえでも重要なのが、当時の民衆たちにしかれた身分制度です。

豊臣秀吉のときには兵農分離とよばれ、武士と農民で身分を分ける政策が行われましたが、江戸幕府はさらに士農工商(しのうこうしょう)という身分制度を確立しました。

これは、士(武士)・農(農民)・工(職人)・商(商品)の順番で身分を上下に分け、上級身分である武士は全体の約7%なのに対し、農民は全体の約84%でした。さらに、農民の不平・不満を減らすために、農民より下にえた・ひにんという差別された身分の人たちもいました。

当時の支配階級である武士の身分を象徴しているのが名字を名乗って刀を持つことができる苗字帯刀(みょうじたいとう)、無礼をはたらいた農民や町民を切って殺してもいい切捨御免(きりすてごめん)という特権でした。

農民の身分は本百姓とよばれる地主や自作農、水呑百姓(みずのみ)という自分の田んぼを持たない小作農に区別され、農民どうしにも主従関係がありました。さらに、本百姓のなかから選ばれた名主(なぬし)・組頭・百姓代は村方三役(むらかたさんやく)とよばれ、武士の指示で村を治めました。

江戸時代の農民の暮らし

江戸時代の農民が幕府に納める年貢は収穫した量の40%であり、四公六民(しこうろくみん)の割合とよばれ、後に五公五民(収穫量の50%を納める)にまで年貢の量は上がり、農民たちの暮らしは苦しくなっていきます。

少し時代がさかのぼりますが、江戸時代前期の3代将軍徳川家光によって、1649年に慶安の御触書(けいあんのおふれがき)という農民の生活や着る服などを厳しく制限する条文が出されました。

年貢となるお米の量を減らさないために、農民が勝手に決められた作物以外を作ることを禁止し、五人組(ごにんぐみ)という5つの家を一つの組としてまとめ、年貢納めや犯罪を防ぐために互いを監視させる制度も設けました。

さらに、村のおきてやならわしを農民が破るとその村では仲間はずしにされてしまう村八分(むらはちぶ)という制裁がされるようになるなど、農民たちの暮らしは江戸時代になってどんどん締めつけられていきました。

江戸時代の農業の発達

8代将軍徳川吉宗の享保の改革のときに、幕府が新田開発に積極的になったこともあって、江戸時代の田んぼの数は初めの約100年間で2倍にまで増えました。

それだけでなく、土を深く掘りやすい備中ぐわ(びっちゅう)や脱穀(だっこく)するための千歯こき(せんば)、もみと玄米を分ける千石どおし(せんごく)などが開発され、農業効率が飛躍的に向上したことも重要です。

肥料も干鰯(ほしか)とよばれるイワシやニシンといった魚を干したものや植物の種から油をしぼった後に出る油かすを利用することで、農作物の生産性も上がりました。

農学の分野では、「農業全書」をまとめた宮崎安貞(みやざきやすさだ)や「二宮金次郎」の名前で一度は聞いたことある二宮尊徳(にのみやそんとく)は覚えておきましょう。

江戸時代の交通の発達

参勤交代が行われたことで、江戸から各地を結ぶ交通が発達します。とくに五街道(ごかいどう)は有名なので江戸と要所の名前とセットで覚えておきましょう。

  • 東海道…京都~江戸
  • 中山道…草津~江戸
  • 日光街道…日光~江戸
  • 奥州街道…白河~江戸
  • 甲州街道…甲府~江戸

五街道にあわせて脇街道も整備され、街道の間には宿場(しゅくば)という寝泊りできる場所、街に発展していきます。

江戸に鉄砲が無断で持ち込まれないように、箱根のような要所には関所(せきしょ)が設けられ、通行人たちを監視しました。

また陸上だけでなく、年貢や物資を運ぶために水上交通が発達します。江戸~大阪を結ぶ菱垣廻船・樽廻船(ひがきかいせん・たるかいせん)という定期船や日本海側でつくられたお米を江戸、大阪に運ぶ東廻り・西廻りの航路も開設されました。

江戸時代の都市・商業の発達

交通が発達したことで江戸だけでなく、各地の都市が発達していきます。なかでも、三都とよばれる江戸・大阪・京都はそれぞれが独自に栄えていきました。

江戸は当時の人口が100万人を超え、そのうちの半数の約50万人が武士という城下町として発達します。「公方様(くぼうさま)のおひざもと」として覚えておきましょう。

大阪は商業・経済の中心として栄え、各地の大名が年貢米を納めるために蔵屋敷(くらやしき)を設置します。「天下の台所」として覚えましょう。

そのほかにも、各地の大名たちの城下町は政治や経済の中心地として栄え、奈良や日光などは門前町(もんぜんまち)としても発達していきます。これらの都市の発達は現在も各地の特色として残っているものが多いです。

また、江戸幕府は貨幣をつくる権限を独占します。それに対して一部の大名たちは、自分たちの藩でのみ通用する貨幣と同じ価値を持つ藩札(はんさつ)を発行しました。

商人たちは江戸時代から専門化していくようになり、蔵屋敷に集められた年貢米を管理する蔵元(くらもと)や代金の管理・送金をする掛屋(かけや)といった職業も生まれます。そして、商品や手工業者たちは株仲間(かぶなかま)という同業組合を組織し、市場の利益を独占して財を築いていきます。

鎌倉時代や室町時代にも座(ざ)という同業組合がありましたが、株仲間は江戸時代での呼び名になります。間違えやすいので注意しましょう。

江戸時代の文学と元禄文化

江戸時代の文学と元禄文化

江戸時代の学問

江戸時代では封建制度を維持させるのになにかと便利な儒学を幕府が重んじました。次の3つの儒学を覚えておきましょう。

  1. 朱子学
    5代将軍徳川綱吉のときに官学となる。林羅山(はやしらざん)が有名。
  2. 陽明学(ようめいがく)
    中国の明の王陽明が説いたもので、知識とその実践を重視した学問。
  3. 古学(こがく)
    孔子(こうし)や孟子(もうし)の教えを研究しようとする学問。

そのほかの学問として、徳川光圀の「大日本史(だいにほんし)」、新井白石の「読史余論(とくしよろん)」は歴史書として覚えておきましょう。

数学の分野では、日本独特の和算を生み出した関孝和(せきたかかず)も有名です。

幕府は昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)を湯島の聖堂に開いて官学を教える場をつくり、各大名は藩校(はんこう)を開いて子弟を教育しました。なかでも民衆の教育機関として有名なのが寺子屋(てらこや)で、読み・書きやそろばんなどが教えられました。

元禄文化

江戸時代では商工業が発達したことで商人や町人の力が強まり、京都や大阪などの上方を中心とした華やかな町人文化が栄えました。これが、元禄文化(げんろくぶんか)です。

文芸で代表的なものは次です。必ず人物とセットで覚えておきましょう。

  • 浮世草子(うきよぞうし)…井原西鶴(いはらさいかく)が書いた小説などの文学作品。
  • 俳諧(はいかい)…松尾芭蕉(まつおばしょう)の「奥の細道」などの紀行文。
  • 浄瑠璃(じょうるり)…近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)
  • 歌舞伎(かぶき)…市川団十郎
  • 装飾画…俵屋宗達(たわらやそうたつ)・尾形光琳(おがたこうりん)
  • 浮世絵…菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の「見返り美人」

江戸時代【中期】のまとめ

それでは最後に江戸時代【中期】の単元の重点ポイントのまとめをしていきます。

江戸時代【中期】のまとめとして、次の3つの項目をなにも見ずとも出来事やその年号、関わりのある人物などを言えるかどうか確認してみてください。

江戸時代【中期】のポイント

  • 江戸時代の政治
  • 江戸時代の身分と産業
  • 江戸時代の文化・文学

答えられない場合は、もう一度それぞれの見出しに戻って読み返して要点を押さえましょう。中学受験の重要ポイントは次のようになります。

  1. 江戸時代の政治
    ・徳川綱吉の生類憐みの令
    ・新井白石の正徳の治
    ・徳川吉宗の享保の改革
  2. 江戸時代の身分と産業
    ・士農工商とえた・ひにん
    ・慶安の御触書
    ・備中ぐわ、千歯こき、千石どおし
    ・門前町と株仲間
  3. 江戸時代の文化・文学
    ・元禄文化
    ・昌平坂学問所と寺子屋
    ・井原西鶴、松尾芭蕉
    ・近松門左衛門、菱川師宣
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中学受験の歴史「江戸時代【中期】」の次の単元は「江戸時代【後期】」です。

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